9月29日、教育委員会で「学校に着ていく服」の考え方がまとまったという報道発表が翌30日の静岡新聞に載りました。学校に着ていく服を選ぶことは子どもの権利である、という考え方がやっと公式に日の目をみました。
教育長が報道陣を前に「みなさん!全国に先駆けて浜松市オリジナルの『学校に着ていく服』の考え方がまとまりました!ドヤ!」と記者会見することと思っていたから、もっと注目してほしかった・・。他の報道陣のみなさん、ぜひいまからでも「『学校に着ていく服』検討委員会事務局」に取材してほしいものです。
静岡新聞でも教育委員会のホームページでも、今回まとまった『学校に着ていく服』の考え方は一般の人に公開されていないので、記者会見のかわりといってはナンですが、すすめ団が9月にまとめた文章をここにのせておくことにします。
『学校に着ていく服』を通してだれでも差別なく大事にされる、という、子どもの人権についてわかりやすく伝えています。今後ちょっと改訂するかもしれないけれど、ぜひ読んでくださいね!
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「許可」ではなく、それぞれ生徒が自分で選び、
安心できる『学校に着ていく服』へ
同じ服を着て登校し、ひとつの教室で同じ服を着て共に学んでいる中学生たちは、一見、「秩序ある中学生」の姿に見えます。
しかしその服の下には、多様な個性があり、多様な性自認、多様な知覚、多様な国の文化や宗教があります。
2023年に浜松市教育委員会が行った浜松市内の児童生徒とその保護者約4万人を対象にしたアンケート調査では、少数ながらも、男女別制服が自認する性とは異なるため生きづらさを感じている生徒や、感覚過敏の児童や皮膚疾患のある児童、スカートでの自転車登校に危険を感じている生徒、宗教の関係で短いスカートがはけない生徒など、苦しさを訴えた声がじっさいに綴られていました。
彼らにとって、制服を着用することが自分らしさを奪ったり、安心して通学できない要因のひとつになっていたのです。
これまでの生徒指導ではこれらの訴えが出された場合には「特別な配慮」として別の服装(異装)をすることが「許可」されてきました。
しかし、生徒本人にとってみれば、もともと持っていた個人の特性が、制服に合致したか否かという違いだけで、仲間とは異なる「特別な配慮」を余儀なくされるのが実情です。さらにしかもその「配慮」を受けるために、事情を教員へ「話さなければならない(場合によってはカミングアウト)」という、心理的負担まで背負うことになります。これは中学校進学というスタートラインの段階で仲間との「差」が生じる事態で、生徒個人ではどうにも埋めることができない厳しいものでした。
このたび発表された「全ての生徒が安心できる『学校に着ていく服』の実現」という理念や目指す方向性は、こうした生徒たちが本来背負う必要のない心理的負担をなくし、「特別な配慮」なしに「すべての生徒が安心できる」服を自ら選ぶことができる学校を実現するために、検討委員会で一言一句、慎重に話し合われてまとめたものです。
多様な個性、多様な性自認、多様な知覚、多様な国の文化や宗教をそれぞれ「特別な現れ」として受け止めるのではなく、本来生徒は多様で違って当たり前という認識にたって、生徒が主体的に選べる「学校に着ていく服」を実現できるよう、ともに考え、伝えていきます。
2026年9月30日
ミライ制服すすめ団

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